さらにもうひとつの敗戦(総合電気、通信産業の敗戦)からの復活のシナリオ

アパ日本再興財団第四回懸賞論文を受賞した松原仁氏によれば、現在に至る日本は三度の敗戦をしているという。ニュアンスを伝えるために、本文を引用する。「わが国の敗戦は3つに分けて考えることができる。第一の敗戦は、アメリカとの戦争に敗れたことにある。第二の敗戦は、第一の敗戦を機に国内において自虐史観が生まれ、これが根付いていったことにある。そして第三の敗戦は、戦争中に始まり今日に至るまで長い間続けられている情報戦における敗北である。」[1]

この第三の敗戦である情報戦を、ソフト(コンテンツ、内容)という観点ではなく、ハード(情報ツール)という観点で捉えることが、技術者としての私の仕事である。そして、さらに第四の敗戦をここで提起することにより、認識をさらに深め復興への足掛かりとしたい。情報戦におけるハード的敗戦とは、1990年代以降の日本のバブル崩壊後の総合電気、通信産業の衰退をいう。そして、昨今の日本の総合電気、通信産業の衰退が、第三の敗戦である情報戦へ大きく及ぼしている影響についても試論を述べる。各方面からの御意見御批判を頂き、これからのあるべき「尊敬される日本」に向けての一助になれば幸いである。

Ⅰ. 第四の敗戦、日本の総合電気、通信産業は壊滅状態という歴史認識と第三の敗戦への影響。

電気通信産業の要は、半導体である。また、半導体は、すべての産業の成長基盤であるといっても過言ではない。今後30年間の産業全般において、特に、車、ロボット、エネルギー(スマートハウス、スマートグリッド、を含む)、ICT(スマートフォン、タブレット、人口知能、Brain Computer Interfaceなど)、先端医療機器、のみならず、農業、漁業、鉱業においても半導体はその成長を支える役割を担う。ここで特筆すべきは、防衛上の問題である。国防は、その国の電気通信産業技術と工業技術を基盤としている。

もしも、半導体製品が供給されないと、その製品群は作れない。また、半導体製品は、最終製品の性能自体も大きく左右し、競争力の源となる。産業や経済発展の視点からだけでなく、国防や安全保障、国家戦略の観点から、最先端半導体製品の国内供給は必須である。

しかしながら、先端半導体製品の供給は、いまや、他国に頼っている状態が続いている。かつて、1990年には世界半導体メーカートップ10企業に6社の日本企業が入っていたが、2014年では8位に東芝、10位にルネサスが入っているのみである。年々、米国、韓国、台湾の企業に圧迫されランクを落としている。

東芝のフラッシュメモリー、ソニーのCIS(CMOS Image Sensor)を除いて、LSIと呼ばれるものは、ファブライト化してしまった。すなわち、ファウンドリ(台湾、米国、韓国、中国、シンガポール等)に、製造委託をしているのが現状である。その理由は、以下のように考えられる。総合電気、通信会社を中心にして、半導体ビジネスが始まった。元々は、社内需要を満たすことを、第一義とした。そのため半導体ビジネスモデルの最終決済は、半導体経験者ではなく、ソフトウェア、購買、家電、重電、営業などの経験者が行うという古い仕組みが大半であった。半導体ビジネスは、他とは異なる過剰なまでの自虐的ビジネスなのである

総合電気、情報通信会社のその時の主たる最終商品ビジネスが一番に大事にされて、半導体は部品であるという扱いであったのだ。
そこで、各社から半導体部門を切り離し出来上がったのが、エルピーダであり、ルネサスであった。両者とも不採算に陥り、エルピーダはマイクロン(米国)に買収吸収された。[2]

ルネサスは産業再生機構の元で再生を図っている。[3]

結果として、外部から社長を招き、工場の削減と人員の削減により、黒字化しているように見せかけているが、売上は減少している。

また、2015年に不正会計が発覚した東芝は、今後の展開に予断を許さない状況である。[4]

ソニーは、CISのみが好調であり、会社全体は銀行、保険が主たる資金源となっており、伝統の「モノづくり」がおろそかにされていると批判されている。[5]

米国は、製造業に回帰し半導体製造に力を注ぎ、韓国、台湾と共に日本の追い落としを図っている。 Intel、サムソンといった世界No.1, 2もファウンドリビジネスを強化している。[6]

また、中国も、半導体設計(ファブレス)において、その存在感を増している。2014年には世界半導体設計会社トップ50に8社が入っている。すなわち、8位, HiSilicon, 25位, Datang Semiconductor, 29位, Nari Smart Chip, 34位, CIDC, 39位, ZTE Micro electronics, 42位, Rockchip, 48位, RDA, 49位, Allwinnerといった状況である。 日本は、20位にMegaChips一社のみが入っている状況である。

さらに、半導体製造における大きな変革である450mm化に対して、日本の半導体製造企業は一社も参加できていない。米国のG450C(Global 450mmConsortium)に、世界の大手半導体メーカー5社(米IBM社、米Intel社、米GLOBALFOUNDRIES社、台湾TSMC;Taiwan Semiconductor Manufacturing社、韓国Samsung Electronics社)が出資している。出資金は総計48億ドルで、このうちニューヨーク州(NY州)が4億ドルを負担している。この「G450C」は、NY州の州都、AlbanyにあるNY州立大学(State University of New York)のCNSE(College of Nanoscale Science and Engineering)を拠点として、上記の半導体メーカー5社が出資した官学民の450mmウェーハのプロセス技術の研究開発を行っているプロジェクトである。[7]

ユーロ圏には、IMEC、LETIといった国際的な半導体研究所があり、これらを中心にして450mm化を着実に図っている。

日本の電子デバイス産業は、大きく差をつけられてしまっている。これほどまでに衰退した原因の一つとして、IDMから、ファブレス、ファウンドリモデルといったフレキシブルなビジネス形態への移行が出来なかったことを指摘するものもいる。[8]

特に日本企業の場合は、電気、通信という親会社の一部門という位置付けであり、世界標準となったファウンドリモデルへの転換が大幅に遅れてしまった。
もう一つの主因は、親会社である電気、通信機メーカーが、グローバルマーケッティングにおいて、大敗したことである。ガラパゴス携帯と揶揄されるように、アンドロイド、iOSといったスマートフォンにおいて、その存在を重視しなかった慢心と怠慢にある。最終製品でシェアを取れないのであるから、その基幹部品である半導体が没落するのは当然のことである。

この状態は国防としての危機である。情報産業あるいは防衛に携わる人ならば同様に持つ危機感である。身の周りの情報製品を見てみよう。パソコンの基幹部品とOSは、Intel(米国)、Microsoft(米国)かApple(米国)が主である。スマートフォンは、Google(米国)、Qualcomm(米国、台湾)、Samsung(韓国)、Apple(米国)が主である。すなわち、日本人の使っている情報ツールのほとんどは、他国に中枢を握られているのである。

また、クラウドメモリが主流をなしており、各社のデータセンターに各個人のデータがすべて吸い上げられている。情報は個人のものであるべきだが、開示が許されたあらゆるデータ資源は、これらの会社の資産となるのである。また、開示を許していなくても、故意の情報改ざん、情報漏洩の可能性も無いとは言い切れない。悪用しようとすれば、容易であるのだ。

さて、肝心の日本の誇る新スーパーコンピュータ(Hokusai、理化学研究所)であるが、CPUはIntel(米国)、GPIはNVIDIA(米国、製造はファウンドリ、韓国、台湾等と推測)、階層型ストレージ IBM(米国)が、構成部品に含まれているのである。[9]

特に国防上、これらの問題の解決は必須である。米国や韓国、台湾への依存から脱却することは一刻も早く解決しなければならない課題であるはずだ。

スマートフォンを使えば、各自の位置を検出し、ビックデータにより、個人及び組織の行動パターンを読み取り、その後の行動推測が容易になる。例えば、自衛官あるいはその家族の持っているスマートフォンでのSNS、ショートメッセージ、音声通話、GPSログデータを使えば、その組織行動まで把握が行える。自衛官の持っている携帯電話は、国内産ということになっているらしいが、OSはアンドロイド(グーグル、米国)でありMPUは(米国、台湾、あるいは韓国)なのである。

現状の国内一企業だけでは、防衛上とはいえ少数のためにスマートフォンのOSとMPU開発を支えることは、経済的に不可能なのである。スマートフォンは、ウェアラブルコンピューティングの先駆けである。コンピュータがいつでもどこでも人に寄り添う形が、ますます当たり前となってくる。そして、コンピュータの進化が、人の進化へと同化する。日本は最先端半導体製造を、決してあきらめてはいけない。

第三の敗戦、情報戦におけるインターネットを使ったソーシャルネットワーク(SNS)、ウェブテレビ(Web TV)の影響は、図りしれない脅威である。それらは、パソコン、タブレット、スマートフォン上で動いており、世界規模で人目に触れるのである。中枢を握っていれば、情報操作は容易い。歴史上、為政者にとって、メディアは常にコントロールするべきものなのだ。ICTによって、メディアはインターネット上に移りつつある。しかも、かつてないほどの地球的規模でそうなっているのである。

日本においては、インターネットの普及は、経済原理でのみしか語られていないだろう。インターネットの政治上の意味をよく理解しないと、第三の敗戦、情報戦の敗戦は避けられず、日本が孤立する恐れもある。というのも、SNSにおいて、使われている言語は、英語、中国語が圧倒的に多い。情報発信において、日本語は地球上ではマイナーであるという認識に立たないと、いかに良いコンテンツであっても多数には読んでもらえないのである。AIによる翻訳機能もネット上には、既に存在している。しかし、使ってみたことのある人ならばわかるだろうが、日本語の英語翻訳は文の体を成していない。

主要国と遜色ない水準で社会・経済、情報環境を整えることを“第三の敗戦からの復活”と呼ぶならば、電子デバイス産業の立て直しこそが、“第三の敗戦からの復活”である。

かつて、電子デバイスが産業のコメと呼ばれたのは、かかる理由による。電子デバイスを他国に頼っていては、アキレス腱を他国に譲っているも同様である。アメリカはいち早く、そのことに気づき国内製造回帰のための対策を講じた結果、Intel, Micron, TI, Cree, GFといったデバイス専業メーカーが産業を支えている。

米下院情報特別委員会(HPSCI)は2012年10月8日、中国のインフラ機器ベンダーであるHuawei TechnologiesとZTEの2社に対する調査レポートを発表した。結論として、HuaweiとZTEのインフラ機器やサービス調達を検討するアメリカ企業に対し、国家保安上のリスクを理由に「他社を検討することを推奨する」としている。 [10]

日本国内では、ソフトバンクは、傘下のワイモバイルでHuaweiの通信機器を使用している。[11]

また、次世代通信技術の共同研究開発を中国ベンダーのファーウェイ、ZTEとともに、進めていくことを発表した。[12]

Ⅱ. 第四の敗戦がもたらす深刻な未来。

20nmテクノロジー以降の先端半導体製品が国内供給できない状況下は、産業全般において遅延、他国との競争放棄を意味する。カーツワイルが予見するようにAIの進化に支えられた30年後の未来が来るとするならば、情報通信技術開発に遅れを取り戻すことは容易ではない。それは、AIを使った技術開発が、指数関数的な開発を達成するからである。[13]

事実、p=2n/1.5 として指数関数で表されるムーアの法則により、2015年現在まで半導体の集積度、性能は指数関数的に向上し続けている。

そして、今から数年の後には、日本は以下の不具合を生じているだろう。

    1. スーパーコンピュータ、AIの開発遅延、競争力低下
    2. 各産業へのICT波及効果の遅延、各産業の競争力低下
    3. 情報端末産業の競争力低下、個人情報管理の問題
    4. 防衛能力の低下
    5. 移動体通信規格5G 主導権握ることができず、産業全体が出遅れ
    6. IoT 市場規模2020年に365兆円[14][15]と予測されるが、参入に遅れる
    7. グローバルSNSにおける日本の孤立
    8. 30年後の未来まで見越した個人情報端末
    9. 個人情報からのビックデータ応用 防衛上の問題
    10. 外交上、政治上の譲歩

Ⅲ. 明るい日本にするための復活のシナリオ。

競争力のある国産情報端末とシステムを持つこと、そしてインフラ設備の少なくとも主要部品を他国に握られないことが必要である。電子デバイス産業の立て直しの第一歩は、日本国内に独立した450mm半導体工場建設とファウンドリ運営会社の設立である。そして、キラーデバイスに向けての幅広い開発(アーキテクチャ、システム、ソフトウェア、センサー等)において、日本の各企業の持てる力を集中させることが肝要である。プロダクトマーケッティング、システム開発、製品企画、設計といったIDMのような垂直統合型サポート体制を、次世代半導体ファウンドリ製造に注ぎ込むのだ。ただし、気をつけなければいけないことは、過去の電子デバイス産業の整理統合は失敗に終わっており産業の活力を失わせたという事実である。[13][14]

同じ轍を踏まないように、新しいリーダーには30年後の未来を構築する基盤を構築するという覚悟を、問うべきである。ビジョンが描けるリーダーが、必要不可欠である。

さらに、コンピュータの進歩は、留まるところを知らない。既に量子コンピュータが実用化され、古典的コンピュータを市場において追い抜く可能性がある。また、ニューロコンピュータも提案されており、人の脳のアルゴリズムで、かつ、低エネルギー消費で膨大なデータを処理することが可能となる。いずれにしても、デバイス製造プロセスは既存の延長技術にあるので、450mm製造技術をベースに開発は進められる。そして、「安く、より性能の良い」電子デバイスが、市場にて勝利を納める。

日本は老齢化により、30年後には4割近くが65歳以上という社会になる。[16]

88歳になった自分を想像すると、もしかしたら、自分の介護をしてくれるのはロボットかもしれない。そして、口も手も満足に動かせないとしたら、デバイスの進歩に頼るしかない。また、人口知能(AI)のおかげで先端医療が進歩し、寿命はもっと延びているだろう。2045年においても日本が競争力を保つには、電子デバイスの技術革新を維持することによる人的革新しかない。高齢者であっても、AI、電子デバイスの助けにより最大のパフォーマンスを発揮できるようにするのだ。日本が負けないためにも、そして他国に操られないためにも、そうであって欲しい。

Ⅳ. 最後に

国防や安全保障、国家戦略の観点および産業や経済発展の視点から、他国へのキーデバイス依存が止められるように、国内での先端半導体製造に着手すべきである。しかしながら、電子デバイス産業を支えるべき総合電気、情報通信企業は、第四の敗戦の痛手から立ち直る気配が見えない。一刻も早く復興に着手すべきである。

本論文を御一読された方々には、日本の電子デバイス産業の惨状とその危険性(特に国防上)についての認識を共有化すると共に、いかにして早期に立て直しを図るかという試論に対しての御意見ご批判を是非お願いしたい。

出典

[1]松原仁、「我らが日本!「三つの敗戦」から 脱却して力強い国家を」アパ日本再興財団第4回 「真の近現代史観」懸賞論文

[2]坂本幸雄、不本意な敗戦、エルピーダの戦い、日本経済新聞出版社 2013

[3]自動運転車狙う「半導体大再編」、日本は出遅れ

[4]東芝、不適切会計 根深く ほぼ全事業に疑念拡大

[5]墜ちたソニーを復活させる道筋

[6]世界半導体、ファウンドリ3強時代に突入!~TSMCにサムスン、インテルが乱入

[7]JPCA NEWS 2013年6月号掲載

[8]ものづくり礼賛」が阻んだ半導体産業復活の道 電子立国は、なぜ凋落したか(5)

[9]新スーパーコンピュータシステム「HOKUSAI GreatWave」が稼働 -実験・シミュレーション・データ解析の融合に向けて-理化学研究所

[10]米政府、HuaweiとZTEの通信インフラを導入しないよう推奨

[11]ソフトバンクとスプリントに圧力 – 中国製通信機器の導入阻止に動く米政府 20130329

[12]「5G」に向けTD-LTEを進化させるソフトバンク、その取り組みとは?

[13]レイ カーツワイル、シンギュラリティは近い、電子書籍版 NHK出版 2012

[14]西田宗千佳 IoTの市場規模が大きい理由とは:約365兆円になる巨大市場の本質週刊アスキー1/20号 No.1011

[15]IDC Japan,国内IoT(Internet of Things)市場予測

[16]高齢化の推移と将来推計、内閣府